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大分県竹田市岡城跡の写真です。提供は本田京子さん(幹事)
滝廉太郎(1879-1903)は、明治時代に活躍した日本近代西洋音楽の先駆的作曲家です。「荒城の月」「花」「箱根八里」などの名曲を残し、23歳10ヶ月で早世しました。西洋音楽の技法を基に日本人の心に響く旋律を創造し、教育音楽の分野でも多くの唱歌を作曲して日本歌曲の基礎を築いた偉人です。
1879年、東京に生まれました。父は内務官僚で、富山や大分など各地を転勤で回りました。幼少期からピアノなどの西洋楽器に親しみ、15歳で東京音楽学校(現・東京藝術大学)に最年少で入学。ピアノ演奏と作曲に才能を発揮しました。
21歳の時、日本初のピアノ曲「メヌエット」や、名曲「花」「荒城の月」「箱根八里」「お正月」「鳩ぽっぽ」など、代表作の大半を作曲しました。1901年にドイツへ留学するも、肺結核により約1年で帰国。大分市にて23歳の若さで亡くなりました。
福島県会津若松市の鶴ヶ城(または大分県竹田市の岡城)がモデルとされる、日本を代表する名歌は、花。 組曲「四季」の中の1曲。隅田川の春を描いた歌曲。
ゆかりの土地として、大分県竹田市、大分市があげられます。 少年時代を過ごし、「荒城の月」のモチーフとなった岡城跡があります。大分市には、滝廉太郎終焉の地(遊歩公園)があり、銅像が設置されています。 (写真)
23歳という短い生涯でしたが、その作品は現在も日本の音楽文化の基礎として歌い継がれています。
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